2013年01月号 iPadでライブ・プレゼン
書いて考える
手で書いて考える。手で描いて考える。手を動かすと脳が活性化され、描かれた図や言葉が目に入ることによって思考が客観化されるのだ。それを見た脳はフィードバックを受け、次のアイディアの呼び水となる。
思考と描写は表裏一体なのだ。考えることは描くこと。「手は体の外に出た脳」である。
そのため、ノートとは、いわば考えるときの話し相手なのだ。始終、何かを考えているから、ノートとともに生きていると言ってもよい。ノートは大切な伴侶である。
中学1年生のときから、全教科を通じて1冊のノートに書き綴るノート術を貫いてきた。自分の思考は科目ごとに分かれておらず、ひとつの連続した軌跡。だから、「ノートは1冊」なのである。
08年以来、その1冊のノートとしてコクヨの「測量野帳」(セ−Y3・スケッチブック)を使っている。上着の内ポケットにすっと収まる絶妙なサイズ(165×95ミリ)。薄さ6ミリ。頑丈な表紙。どんなペンでも書きやすく裏写りしない上質な紙。それを横置きにして使うのが私流。
薄いブルーのラインで3ミリ方眼が引かれており、自然と整った図を描ける。お気に入りの万年筆で書き始めると、思考が進むのだ。
元々、測量士や建築に携わる人々の実用品として昭和34年に発売されたものだが、それ以外の愛用者も多いと聞く。私もその良さと効用を「布教」している一人だ。100冊単位で購入して学生などに頒布している。
デジタルの時代になっても、「測量野帳+万年筆」による思考方法はベストだ。途切れることなく続くインクの筆跡につられて、アイディアも滑らかに引き出されてゆく……ような気がするからだ。
この「気がする」ところがとても大切。いわばプラシーボ効果によって自分をだましているに近い。
好きな道具を使うことで、自分の中にある何ものかを、楽しく引き出していくのだ。その道具が私にとっては「測量野帳+万年筆」だし、マック、iPad、そしてiPhoneなのである。
「書いて考える」をシェアする
大学における私の講義は対話形式で行っている。大学の教壇に初めて立った98年以来、一貫して対話スタイルの講義を実践してきた。
一方的に情報を伝達するなら、原稿の朗読や録画などをWebでストリーミングすればいい。それができる環境が揃った現代、講義の役割は変容したはずだ。講義の場でしかできない付加価値を生み出すのである。
それは何か。教室というひとつの空間に、多数の学生と教員とが一緒にいることの最大の価値は、コミュニケーションにある。焦点となっているテーマについて、さまざまな視点・立場から多様な見解を出し合い、それに対してまた別の観点から意見を述べる。その循環の中から、真理が探究され、学問が進むのだ。
大学とは、研究の府である。高校までの目的は「学習」だが、大学における「学習」は、「研究」という目的に向かう手段にすぎない。
従って、学生たちにはぜひとも学習をしつつも研究を目指してほしい。研究の醍醐味を味わってほしい。そしてその中から、今日までの常識を覆すような新たなアイディアや成果が出てきてほしい。これが大学教員としての私の切なる願いである。
だから私は、ゼミはもちろんのこと、講義の場でも、学生たちの頭脳がフル回転するように導く。思考の楽しみを存分に味わってもらいたいのだ。
対話、あるいは問答で講義を行うのはそのためである。私の問いかけに対して、学生たちが率先して自分の頭で考え、それを言葉化して表現してほしいのだ。
私はそれをすべてほめる。教員の仕事のほとんどは、学生たちをほめて伸ばすことだと信じている。
学生たちの思考を促すためには、その素材となる情報の伝達が必要だ。ただし学生たちがただ受動的に「聞く」のでは身にならない。彼らが自ら手を動かし描くことによって、「書いて考える」を実践するのである。
そのために私は、彼らの目の前で黒板に描いてみせる。学生たちは「書いて考える」私の手法を真似して各自のノートに描き、応用問題の検討につなげていくのだ。
その際、黒板やホワイトボードに描いたものは拡大・縮小できないのがもどかしい。大きく描きながら説明し、そのあと縮小して全体を俯瞰したり、注目するポイントを拡大して見せる、といったことが現場で自在にできればベストだ。
iPadではそれがかなり現実味を帯びてきた。今夏、オープンキャンバスで高校生向けに「著作権の保護は必要か?」と題して模擬講義を実施した際、iPadを操作しながらリアルタイムに動く画面を映写したのだ。ずいぶんとインパクトがあったようで、高校生の反応はすこぶるよかった。名付けて「ライブ・プレゼン」である。
iPadでライブ・プレゼン
iPadの画面をプロジェクターで映写するには、iPadからVGAアダプターやDigital AVアダプタを介して、ケーブルでプロジェクターに接続するのが最も確実だ。
しかしこれだとiPadを手で持ったまま歩き回れる範囲がケーブルの長さに制約される。講義、講演中はステージを左右に移動したり、聴衆に歩み寄ったりしたいのだ。また、動き回っているうちにケーブルのコネクタが抜ける可能性もある。
やはり接続はワイヤレスがベストだ。プロジェクターにApple TVをつないだり、「Reflection」というソフトをインストールしたマックをつなげば、iPadの画面を無線LAN経由で映せる。
ただしプレゼンする場所に無線LANルーターがあるとは限らない。そこでモバイル・ルーターを用意する。イーモバイルやWiMAXのルーターを使うのだ。
これでiPadの画面をワイヤレスでプロジェクターに映せるだけでなく、ルーター経由でWebサイトにもアクセス可能。自由に歩き回りながら手元のiPadで映写の内容を完全にコントロールできる、万全なライブ・プレゼン環境の完成だ。
なおiPhone5でテザリングができるようになったので、モバイル・ルーターの代わりにiPhone5で同じことをテストしてみた。きちんと映写できたが、途中で3G回線が切れてしまった。するとプロジェクターに表示されていたiPadの画面が消滅。どうやら3G回線への安定した接続が必須のようだ。
またiPadの「自動ロック」を「しない」に設定することも大切。これがONになっていると、プレゼン中にiPadがスリープし、プロジェクターにはApple TVの画面が表示されてしまう。
ライブ・プレゼンの強力な味方は ㈱MetaMoJiの「Note Anytime」である。その場で図を描いたり、用意したPDFに書き込んで見せるのに最適だ。拡大、縮小も自在。PDFの一部分を拡大した上に手書きで書き込みをし、また縮小するといった見せ方もできる。
聴衆とともに「書いて考える」ライブ・プレゼン。それをデジタルで実現できる時代の到来だ。